人生が欲するもの それは勇気

その冷徹な眼。一切の感情が排除された意思的な眼差しの先にあるものは何かと考えさせられました。
今年私が見た一番の目力は迷わず、若き日のジルマ大統領のそれです。
1970年。ときは軍事政権化のブラジル。当時左翼ゲリラの一員だったジルマは捕らえられ、22日間に及ぶ凄惨な拷問を受けました。その直後尋問室に呼ばれた際に撮影された写真が公開されました。大統領の生い立ちをつづった伝記が今月出版されることになり、その中に収められている一枚だそうです。
もうひとつ、この写真で目立つのは背後に映る尋問官たちです。手で顔をさえぎり、眼を隠しています。それだけに余計にジルマの眼光の凄みが引き立って見えます。
伝記のタイトルは『人生が欲するもの、それは勇気』。ユウキというのは男気(おとこぎ)の意味合いも帯びるので、女性の伝記ならもう少し柔らかい言葉を選んでもよさそうですが、ジウマ大統領にはそんな気遣いは不要なのかもしれません。
今月に入って労働大臣が辞職したのですが、辞職前のゴタゴタで大統領と論争したのでしょうか、この大臣が大統領にこう言い放ちました。
「ジルマ大統領、ごめんよ、攻撃的になりすぎた。そんなつもりはなかったんだ。私はあなたを愛している」
しかし、大統領に「I love You」が本気で通じるとこの大臣が考えていたとしたら完全に見誤っていたとしか思えません。
大統領の歩んできた人生、特に左翼ゲリラ時代、軍事警察から激しく迫害されていた過去を思い出せば、そんな甘い言葉などに気持ちを動かされる人ではないということがすぐに分かりそうなものですから。 
その
後、大統領がこの発言に対してどう返したか。
「私は63歳で34歳になるひとり娘がいて1歳2ヶ月の孫がひとりいる。乙女でもないし、ロマンティックでもない。私たちはそれぞれの人生に教えられるものだと思う」
いまの大統領の原型を形成したと言える若き日の「人生」は闘争あり、拷問ありの連続でした。「私はロマンティックではない」と言い切れてしまうほどに。

今年1月のジルマ政権発足から大臣が辞職したのはこれで7人を数えます。7人の男性がジルマ大統領を支えられずに去っていきました。辞職の理由は一人の大臣を除いて他は汚職がらみでしたが、本音は大統領の眼光の前に耐え切れなかったのかもしれません。
リオグランジドノルテ州ナタル市にて 2011年12月12日 小林大祐

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