ルーセフ新政権の主な政策課題と日伯経済関係の新たな展開

本ページは2011年3月26日 社団法人日本ブラジル中央協会主催ランチョン・ミーティング講演会における水上外務省中南米局長の講演での配布資料を転載しています。
 

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【講演者プロフィール】

外務省中南米局長 水上正史(みずかみ  まさ し) 

 1977年外務公務員採用上級試験合格、1978年一橋大学経済学部卒業、外務省入省。アルゼンティン大使館一等書記官、オーストラリア大使館一等書記官、総合外交政策局科学原子力課国際科学協力室長、経済協力局開発協力課長、中南米局中南米第一課長、メキシコ大使館公使、国際連合日本政府代表部公使、国際協力機構企画・調整部長、外務事務官、大臣官房審議官、インド大使館公使等を歴任後、2010年現中南米局長就任
 

 

 

 

 

1 全般:選挙戦中に13項目からなる政策綱領を発表

①民主主義の一層強化(政治・経済・社会各面で)
→政治及び選挙制度改革の推進
→国家機構改革による透明性の確保,汚職の一掃

②経済の安定と更なる成長(対外脆弱性・地域格差の解消,雇用創出・所得の向上等)
→ルーラ政権の経済政策の継続と深化を目指す
→財政規律・インフレ管理徹底,低所得層の所得増大,税制改革等による輸出等支援,地域格差の是正など

③国家開発の継続と,産業構造の変革(インフラ整備,農業改革等)
→イノベーション支援を基本とした産業政策
→家族農・アグリビジネス強化,農地改革の継続,農産物輸送ルート整備
→再生可能エネルギーの開発,クリーン・エネルギーの研究
→成長加速化プログラム(PAC)による輸送等のインフラ整備,上下水道・住宅等の都市インフラ整備

④環境保全と持続可能な開発
→森林伐採撲滅計画を継続,アマゾン・セラード・大西洋森林の保護,PAC(経済成長加速計画)による
  上下水道整備,ゴミ収集と処理の改善など
→国際会議(COP等)では「共通であるが差異のある責任」を引き続き主張したい

⑤貧困の根絶と社会格差の軽減
→貧困層への所得支援(ボルサ・ファミリア)を継続し,更にバージョンアップ
→全ての貧困層への裨益,起業のための融資とキャパシティビルディングの強化,女性・黒人・先住民・
   高齢者等マイノリティーの権利保護

⑥労働者への配慮(「ルセーフ政権はすべてのブラジル国民による政府である」)
→若年層の労働市場参入支援,ボルサ・ファミリア受給者の就労支援,児童労働の撲滅,労組との対話等

⑦社会的平等,市民への教育拡充
→公的教育の拡大,公立大学の増設,大学院教育に対する予算増,低所得層を対象とした大学教育拡充
→連邦テクノロジー教育機関の拡充,教員の待遇改善,保育所及び幼稚園の増設等

⑧ブラジルを科学技術大国に
→研究・開発費増額,公的機関の奨学金制度の拡充
→バイオテクノロジー,ナノテクノロジー,ロボット,新素材,IT・通信,医療・医薬品,バイオ燃料・
   再生可能エネルギー,農業,生物多様性,アマゾン・東北部乾燥地帯の研究、原子力,宇宙,海洋資源,
   防衛関連分野を優先したい

⑨国民の健康を確保,公共医療を改善
→公共医療・保健システムの改善,緊急医療サービス整備,歯科治療計画,公的医薬品販売システム拡充,
薬物・アルコール依存症治療促進,高血圧・糖尿病の治療薬を無料配布

⑩国民に,住宅・上下水道・交通手段・尊厳ある生活を提供
→住宅2百万軒建設を目標とする「私の家、私の人生」計画の継続,成長加速化計画によるインフラ拡充等

⑪ブラジル文化の向上(他文化との交流,文化資産・コミュニケーションの民主化等)
→地デジ・テレビ放送・インターネット等を通じた国民の情報アクセス拡大など

⑫治安強化と組織犯罪の撲滅
→犯罪取締り強化,青少年を対象とした社会的プログラム等による犯罪予防,警察組織の強化,連邦警察
及び軍による国境警備の強化

⑬外交:国家主権の堅守,世界におけるブラジルの地位向上
→南米・ラ米諸国の統合(メルコスール),南南協力(BRICs,IBSA),貧困国・途上国との連帯を外交政策 上
    の優先課題に
→伝統的友好国とのパートナーシップを継続・拡大
→貿易相手国・地域の多様化、経済補完関係の拡大を図る
→非干渉,人権擁護,世界平和の希求,軍縮の原則を順守
→多角的国際関係の構築,国連,IMF,世銀等の国際機関の民主化(途上国発言権拡大等)
→二国間/G20等の多国間の協議での先進国・途上国間の建設的対話推進
→三軍の再装備を含む新しい国防政策の確立

2 経済政策:前政権の政策を概ね踏襲,安定した情勢を継承

●全般的に有能な行政経験
→ルセーフ大統領は,地方政府(リオグランデドスル州)で鉱山・エネルギー担当長官職を経験
    (ルーラ政権第一期では,連邦政府の鉱山・エネルギー大臣に)
→その後,連邦政府文官長として,インフラ・資源・エネルギー分野などの政策統括を担当し,ルーラ政権
   を支えた

●経済閣僚: 多くがルーラ政権で堅実な経済政策を担ってきた人物
→経済政策の大きな変更は予想されない

→マンテガ財相は続投,メイレレス中銀総裁はトンビーニ前中銀金融規則局長(副総裁)にバトンタッチ
(高金利によるインフレ抑制と,高景気・内外金利差による大量の外資流入・レアル高克服の両立が課題)
●積極的な政府支出による貧困対策等とインフラ等の開発主義的な政策路線の両立
→2014年W杯,2016年五輪という世界的イベントに向けた安定的成長のため,エネルギー供給,イン
   フラ整備が課題。PAC(経済成長加速計画)を中心に,インフラや石油開発等での官民連携投資への政府
   の役割が期待
→ルーラ政権下における社会政策のほか,政府人件費,手厚い年金への政府負担の増大により,実際には政 
   府の公共投資能力には限界
→成長が落ち着いてからも,貧困者層への補助金など手厚い社会政策と,財政健全化がうまく両立できるか
→人件費等を切り詰め,インフラ等公共投資,官民連携のための環境整備を進めていくことが大きな課題
→新規投資や大型プロジェクトの発注等により,日本企業に新たなチャンスもあり得る

3 政治:前政権の政策を概ね踏襲,安定した情勢を継承

●有能な行政経験と裏腹に政治経験は短い
→政治家としての経験がほとんどないまま,大臣,文官長に
→有能な実務家だが,所属する労働者党(PT)内を含め,与党連合をうまく仕切れるか
→上下議院それぞれで与党連合(10政党)が単独で憲法改正も可能な3/5の議席を確保。
→健康上の不安が再燃した場合は,リスクあり(昨年リンパ癌を公表し手術)

●外交:多くの点でルーラ路線踏襲とみられる
→ルセーフ大統領は,前政権において外交への関与は低かった
→途上国重視の外交など,ルーラ路線の多くが継続される見込み
→ただし,ルーラ大統領と異なり,カストロやチャベス等との個人的つながりを有していない

●国民は「継続」「現状維持」を選択:ルーラ時代の発展を維持できるかどうかが最大の焦点
→国内開発を進め,同時に,ブラジルの大きな課題である税制改革や社会保障改革,政治改革を断行できるか
→石油資源収入の分配などをめぐり,既得権を有する産出地の州政府との対立も引き継いだ
 

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