21世紀の真の大国は?

筆者: 眞砂 睦

同じ新興国というけれど 

  バブル華やかな頃、日本に出稼ぎにやってきて、その後の不況で失業したが、日本になじんだ子供の教育の問題などがあって帰国をあきらめた日系ブラジル人が23万人と推定されています。彼らの多くは安定した職につくことができず、どんどん縮んでいく日本経済のなかで先の見えない漂流を余儀なくされています。ひるがえって彼らの祖国ブラジルは、ここ10年来年率4%を越す経済成長を続け、いまや押しも押されもしない先進大国に飛躍をとげています。その彼らの祖国ブラジルの今の経済状況や国の姿がどんなものなのか、同じ新興国の中国やロシアと比較しながら鳥瞰してみましょう。

 まず現在のブラジル経済の力を知るために、2月12日発行週刊東洋経済の「躍る!ブラジル」の中の数字を引用してみます。それによりますと、2009年度のブラジル国民一人当たり年間総所得が8121ドル。これはロシアとほぼ同じで、中国の3744ドル、インドの1134ドルを大きく上回っています。今をときめく中国もインドも顔色なしです。人口は2億人で、中国の13億人(注・中国の公表数字は共産党の思惑で捏造されていますので、実際には15億人を超しているという説もあります)、インドの10億人に及びません。しかし大事なのは人口構成。ブラジルは2025年まで生産人口が増え続けますが、一人っ子政策を強制してきた中国は人口構成が極端にいびつで、2015年以降恐ろしい速さで高齢化が始まります。どちらが安定した国力を維持する条件を備えているかは明らかでしょう。年間総所得にしても、大事なのはその分配の中身。極端に貧富の差が大きい中国やインドに比べて、ブラジルは2億人のうち1億5千万人が中・高所得層に属しています。この5年間に3000万人が低所得層から中間所得層にランクアップしたと記録されています。この分厚い中間層の購買力が原動力となって、ブラジルの安定した経済成長が達成されているのです。その結果、10%ちかくあった失業率がここ5年間で5%と半減しています。

 実物経済の力をはかる指標とされている自動車販売も、昨年351万台を超え、世界第4位に浮上、2014年には500万台を超えて日本を抜き去ることが予想されています。これが端的にブラジルの購買力の大きさを示していますね。ちなみにブラジルの国内総生産に占める「消費」の割合はおよそ6割。中国は消費比率が3割少々で、輸出比率が4割も占めていて、外需依存の不安定な構造となっています。日本は消費が6割強、輸出比率が2割弱、ブラジルと似た構造です。ブラジルは資源や農産物の並外れた輸出力ばかりが注目されていますが、実際には「内需」に支えられた、典型的な先進国型経済国家なのです。

 ともあれブラジルはここ10年間にわたって、中間層の購買力がエンジンとなって、ぐんぐんその経済力を伸ばしているのですが、その国の本当の姿をおしはかるのは、経済だけを見ていてはわかりません。「民主主義」が定着した「法治国家」であることがもっとも大事な判断基準です。同じ新興国でも、共産党独裁・人権無視の中国や、共和制をうたいながら実態は大統領の寡頭政治であるロシアには民主主義は機能していません。くしくもこの二つの強権国家は昔から領土を取り込むために、あらゆる策略と軍事力を使って、周辺国と小競り合いや征服を繰り返してきました。民主主義が導入されて国民の民意が反映される政治の仕組みが定着するまでは、これからもこうした傍若無人な行為はなくなることがないでしょう。独裁的指導層の権益擁護と保身の為とあらば、どんなことでも強行するからです。中国にいたっては、13億人(15億人?)のうちのわずか2000万人にすぎない共産党員が、特権階級としてやりたい放題をしていますが、民衆の批判が自分たちに向けられないよう国威発揚をぶち上げて、国内の不満分子を懐柔する手段として、武力で他国の領土を侵略することなども平気でやらかします。広大なウイグルやチベットを武力で制圧して中国の領土に取り込んでしまったのは、数ある侵略行為のひとつの例にすぎません。

 ロシアが日本の北方領土を不法占拠しているのもそのたぐいです。「民主主義」や「法の支配」が機能していない国は、指導者の思惑ひとつで他国の領土や人権を侵害することなど朝飯前なのです。民主主義は愚衆政治と紙一重で決して効率は良くないのですが、独裁政体よりはましです。それにひきかえブラジルは実に穏健で他国との軋轢がありません。不当な侵略や恫喝を良しとしない国民の意思が政治に反映される仕組みが機能しているからです。中国やロシアには宗教や民族間の争いが絶えませんが、同じ多民族国家でもブラジルには人種や宗教の深刻な対立がありません。宗教や人種が違っても、同じ人間だという人権意識が定着しているからです。こうしてみると、BRICsと呼ばれ、同じ新興国の経済大国といっても、ブラジルと中国やロシアとはずいぶん性格が違いますね。経済の構造にとどまらず、もっと大事な「国の根幹」が違っているのです。どちらが21世紀を主導する大国にふさわしいかは自明ですね。

 近年、「同じ価値観を共有する」という言いまわしがよく使われます。国の運営のレベルで言えば、その価値観とは「民主主義」と「法治(決められた手続きで定められたルールを社会運営の基盤とする制度)」の制度が機能しているかどうかが、右か左かの分かれ目とされているようです。この点日本とブラジルはともに民主主義と法治の制度が定着していますので、まさしく同じ価値観を共有していると言えます。この点が中国やロシアと決定的に違うところですね。そのうえ更に、実はブラジルと日本は国民レベルでも、「気持ちが通じる」相手同士であるところが大事な点です。同じ民主主義や法治の国でも、かならずしも市民レベルで気持ちが通じる相手とは限りませんが、ブラジル人とはお互い妙に「わかり合える」ケースが多いのです。一番の理由は、日本人移住者や日系人を通じて、彼らが日本人のまじめな性格や能力を高く評価してくれているからでしょう。ブラジルは掛け値なしの親日国なのです。

 そのブラジルが今や、21世紀を主導する経済大国に成長したばかりか、南米諸国やアフリカなどの多くの途上国をリードする堂々たる外交力も身につけています。新興国では唯一、核を保有していないにもかかわらず、中国やロシアをしのぐ外交力を発揮しているのです。私たちの前には今、国どうしの利害が対立している問題が山積しています。国際社会での交渉は自国の主張にいかに多くの国々の共感をかちとれるかが勝負です。同じ価値観を共有し、大きな経済力と外交的影響力を持っているブラジルと手を組めれば、日本の外交にとっても大きな力となるでしょう。日本にとってブラジルは、経済のみならず外交の分野でもかけがえのないパートナーなのです。 (完)

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