航空会社民営化の教訓

筆者: 眞砂 睦

 

 今年4月から羽田と白浜を結ぶフライトにブラジル製の小型ジェット機が就航した。日本航空の経営合理化の一環として、従来の160人乗り中型機から76人乗りの小型機に切り替えられたのだ。最新鋭の機器を搭載し、しかも従来の中型機より座席幅が広くシートも革張りで乗り心地が良いと評判である。この機体を製造しているのはエンブラエルというブラジルの企業で、世界市場での販売占拠率では、エアバス、ボーイングに次いで3番手につけている。76人・86人・96人乗りの新鋭ジェット機ファミリーをひっさげて、世界の近距離用小型機市場を席巻しようとしている気鋭の航空機メーカーだ。

 

 エンブラエル社は1969年、国策会社として誕生した。ブラジル全土から優秀な人材が集まる理系の最高学府である航空技術大学が中核となって、空軍の技術陣と連携のもとに設立された。当初戦闘機の製造からスタートし、軍が必要とする戦闘機と輸送機の50%を納入するまでに成長。小型旅客機でも欧米諸国への輸出実績を積み上げ、古くから技術力には定評があった。ところが官営企業の悲しさ、優秀な機体は作れても、軍からの天下り幹部は企業の経営にうとい。従業員の数と給与の野放図な水ぶくれやずさんな資金管理。損失をだしても「お上」が面倒をみてくれるので、社員も事業の採算性に無頓着。技術は優秀なのだが、会社は利益が出せない状態が続く。国防を担う国策企業とはいえ、際限なく累積する赤字に音をあげた政府はついに民営化を決断する。


 
 1994年、金融コングロマリット「ボサノ・シモンセン」を中核とするシンジケートが買収に応じた。ボサノから派遣された新社長が一番頭を痛めたのが、コスト意識の欠落・市場の要求に対する感度がにぶい等、お役人然とした社員の意識の改革。「質の良い飛行機を作ること自体が目的ではなく、質の良い飛行機でいかに多くの顧客を獲得できるのかが大事なのだ。飛行機は手段であって目的ではない」と檄をとばしたという。同時に、労働組合と厳しい交渉の末、40%近い社員の整理と給与のカットを断行。続いて、かねてより開発中であった45人乗り近距離用ジェット機が欧米市場で売れると確信し、攻めに転じた。これが大当たりして、民営化後3年で赤字を解消。2004年には70人~90人乗りの現行機種を揃え、以後とんとん拍子に成長した。組織のスリム化・コスト意識の徹底・市場要求への即対応といった民間企業への脱皮策がみごとに実を結んだのだ。

 

 日本は狭い国土に99もの空港を抱えている。航空会社も空港も小型機の活用などの合理化が避けられまい。エンブラエル社民営化の物語は、航空業界は言うに及ばず、癌細胞のように増殖する日本の官営企業や公益法人のあり方を考えるうえでも示唆に富んでいる。

( 紀伊民報 2009.6.20 「故郷への便り」より )

 

 

 

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