「ギリシャの財政危機から見えてきたもの」
5月初め、ギリシャ財政危機のニュースが世界を駆け巡った。ギリシャ国債の返済期限が迫り、返済資金をどの様に調達するかをめぐってEU各国の財政状況に対する不安へと発展。その結果ユーロが大幅に下落した。 一昨年のリーマンショックの悪夢がよぎり、世界同時不況再来の不安が多くの人々の頭をよぎった。
1.EUの歴史とギリシャの加盟
ECSC→EEC→EC時代から長い歴史を経て1993 年にスタートしたEU(欧州連合)は、その後も紆余曲折を重ねながら、2002年通貨統合(ユーロ16カ国)を実現した。私は1968~1995年の間、通算19年、欧州に駐在し、EUの歴史を真近で見てきた。EU以前の欧州は、各国間の格差(経済力、財政状態、各種制度)が歴然と存在し、その格差はEU時代に入っても続いていたので、通貨統合は到底不可能と思われた。しかしそれが現実のものとなり、加盟国は27カ国に増え、大きな波乱もなく、順調に推移する筈であった。
振返ってみると、今日のギリシャの財政危機はEUに加盟(1981年)する以前から内在していたが、加盟と通貨統合の流れの中で隠されたまま今日に至ったと言って良い。
1977~1979年の2年間、私は加盟直前のギリシャに駐在していたが、当時既に財政赤字は恒常化し、赤字を国債発行に頼っていた。欧州の一員を自認するギリシャにとって、EUへの加盟は悲願であり、加盟条件をクリアーする為にインフラや各種制度の改革をかなり無理をして実施した。これが現在、返済のつけとなり、重くのしかかっている。
2.ギリシャの責任と義務
EU各国、特にドイツ、フランスを中心に協調して対応する事で、当面はリーマンショック時の様な世界同時不況に至らず終息するかに見える(多くの不安要因を抱えながら)。
しかし、ギリシャの財政問題の本質は全く解決されていない。次の国債の返済期限は2年後、3年後に続けてやって来る。しかもその額は今回の規模よりずっと大きい。
それまでに、ギリシャが現在の財政赤字をどこまで縮少出来るのかが問われている。
EU委員会はGDPの3%以下に抑える様に求めているが、既にGDPの13%を超えている状況で、乗り越えなければならないハードルは限りなく高い。
ハードルの主な点は、①公務員制度改革、②労働条件の改正、➂社会保障制度の改革の 3点である。いずれも大幅な財政赤字の元凶とされる制度改革だが、公務員、労働者、年金生活者から猛反発を受けてゼネストも多発しており、前途は多難である。
最大の難関は公務員改革である。国民の4人に1人が公務員と言われるギリシャは典型的なコネ社会。一種の村社会をイメージすると判り易い。どこの役所に行っても、知人 (親類縁者、友人、友人の友人)がいて、その知人を仲介して事が運ぶことが多い。
外国人には理解し難いが、長年慣れ親しんでいる現地の人々にとっては便利な社会なのである。公務員の数を大幅に削減し、給与、年金をも削減する制度の改革を、長年、村社会の中で働いてきた公務員自身が大ナタを振るえるかどうか。
環境の変化(EU加盟による責任と義務)に対応して、内なるもの(国民性、慣習、制度) を変えるのは容易ではない。しかも2年後、3年後にやってくる返済期限までに残された時間は少ない。現政権が蛮勇を奮って改革に取り組み、実効を示さねば、ギリシャ問題は第2弾、第3弾と続く。その時、再びEUは協調体制の是非が問われることになる。
3.ユーロ危機から見えて来たもの
ところで、ギリシャの財政危機に端を発したユーロの大幅下落から見えて来たものがある。次の表は今年前半期の欧州の実質国内総生産(GDP)の伸び率である。
数字は2010年8月14日付、読売新聞経済欄に掲載のデータを参考にした。
|
ユーロ 圏 |
欧州連合 |
||||||
ドイツ |
フランス |
イタリア |
スペイン |
ギリシャ |
16カ国 |
イギリス |
27カ国計 |
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2009年 10月~12月 |
0.3 |
0.6 |
▼0.1 |
▼0.1 |
▼0.8 |
0.1 |
0.4 |
0.2 |
2010年 1月~3月 4月~6月 |
0.5 2.2 |
0.2 0.6 |
0.4 0.4 |
0.1 0.2 |
▼0.8 ▼1.5 |
0.2 1.0 |
0.3 1.1 |
0.2 1.0 |
ユーロ安が追い風となって、域内最大の経済国ドイツは前期比2.2%と1990年の東西統一後、最大の伸び率を記録した。自動車、機械類の輸出がユーロ安で競争力が高まり、好調に推移した。ドイツほどに顕著ではないが、フランス、イタリアも伸びている。
ギリシャに続き財政危機が危ぶまれたスペインでさえ僅かだが伸びている。ところが、唯一ギリシャだけがマイナスであった。しかもマイナス幅は倍増している。ユーロ安の 恩恵の無い唯一の国がギリシャであった。域内での経済格差が一段と進んでいる実態も明らかになった。
ギリシャは豊富な観光資源を有し、観光はギリシャを代表する産業であるが、その他の主な産業は海運業、たばこ、棉、オリーブ等極めて少ない。ユーロ安の恩恵を受けて輸出できる製品、産品が少ない産業構造なのである。統合以前のギリシャの通貨(ドラクマ)はドル、マルク、フランに対し恒常的に切り下がり、欧米の人々にとって夏のバカンスには格安の避暑地として人気があった。ドラクマはユーロに統合され、それに合わせる様に 物価は2倍近くに跳ね上がり、観光にもその影響が出ていると言う。ヨーロッパ文明の ふるさととして、なお人気は高いが、観光地としての魅力が失われつつあるのは寂しい。
4.ギリシャはどこへ
ギリシャはヨーロッパ文明の発祥地。エーゲ海文化を今もなお多くの島々に残している。
数千年にわたり受継がれて来た世界的な文化遺産は、EU内でのギリシャの存在価値がどの様に変わろうと、次の世紀に受継がれる。
現代のギリシャは過去の遺産が余りにも大き過ぎる為、新たな遺産を生み出す力を失っている様に思えてならない。過去の遺産は遺産として、次の世紀に向けて新たな遺産を生み出す知恵とパワーが求められている。