眞砂 睦
金融緩和策で日銀は大量の資金を市場に供給しているが、いまひとつ景気は回復しない。消費が伸びないことが主因という。
これとはまったく逆の体験を以前、出張先のアルゼンチンでしたことがある。1983年に軍事政権が倒れ、民政に移管して数年後のころだ。当時、アルゼンチンは経済の混乱で対外債務が累積、IMF(国際通貨基金)から厳しい財政緊縮策を突きつけられていたので、国民生活は四苦八苦だと思っていた。
ところが南米のパリ、ブエノスアイレスの商店街は大きな買物袋を抱えた老若男女が闊歩し、レストランは豪華な食事を楽しむ人々でにぎわっていた。どう見ても国の財政破綻など想像もできない旺盛な消費生活ぶりである。
ふに落ちなかった私は、夕食に同席した得意先の幹部に「お国の財政は厳しいと聞くが、IMFの見立てが間違っているのか」と聞いた。すると「いや、IMFは間違ってはいない。国の財政は破綻状態だ。財政再建のため金融も財政も緊縮一本だ」と答えた。
「そのような非常事態なのに、どうしてあんなに大勢の人々がかくも豊かな消費生活を楽しめるのか。理解に苦しむ」と重ねて聞いた。
幹部はにやりと笑って、「それはね、この国の統計に出るのは所得の半分だからだよ。残りの半分は帳簿の外でちゃんと国民の懐に入っている。いわゆる地下経済というやつさ。国民は表に出る所得よりはるかに豊かなのだよ」と言い放った。
「国民所得の半分」が正確かどうかの判断はできないが、こうした簿外の所得が消費にまわって、経済が潤っていると言うのである。地下資金が救世主というわけだ。 そうした簿外収入は汚職がからむ脱税資金が源泉となっているのは想像に難くない。しかし、その恩恵にあずかれるのは国民の一部だろう。
彼らの派手な金遣いを見せられては、きちんと税金を払っている多くの庶民の勤労意欲はなえてしまう。加えて、公的統計が実態を反映していないようでは、企業も先を見越した生産的な投資など考えなくなる。
地下資金は麻薬のようなもの。一時的に経済を刺激はしても、国民は額に汗して働く意欲がなくなり、企業の活力も衰えて、やがて国が衰退していく元凶となる。
日本は公的統計が信頼できる数少ない大国だ。私たちは少々窮屈でも、汚職や税金逃れの簿外所得を許さない文化を大切にしたい。 (了) (2015年7月17日 紀伊民報より転載)