眞砂 睦
「アマゾン河で奇形の魚が増えている。これは上流で採金業者がたれ流す水銀が原因ではないか」というブラジル有力紙の報道に初めて接したのは、1970年代中頃だった。この頃から現地でも水銀汚染が話題にのぼるようになったようだ。
昔からアマゾンにはひと山あてようと多くの人々が金を求めて群がっていた。1973年の第1次石油ショック以来、金価格が高騰したため、密林をわけ入って金をあさる山師がいっそう増えた。今では120万人を越したと推定されている。
採掘はまず川底の土をポンプで吸い上げる。その泥水には微量の砂金が含まれており、
泥水に水銀を混ぜると水銀と金の化合物ができる。これをバーナーで熱して水銀だけを蒸発させると後に金が残る。水銀が金と結合しやすい性質を利用する採取法だ。
問題は、水銀を熱しても50%近くは蒸発せずに残ってしまい、それを泥と一緒に川に捨てることだ。水銀は魚に取り込まれ、その魚を食べる人間に蓄積されていく。
昨年、現地パラー州政府が実施したアマゾン川下流に住む住民の血液検査では、WHOが定める危険水準を越す水銀成分が検出された住民が居たという。大河アマゾンにも水俣病の危険が迫っている。
今年10月、140の国や地域の間で「水銀に関する水俣条約」が採択された。世界の水銀の生産や使用を制限するのが目的だ。水銀を使う金の採掘禁止までは踏み込めなかったものの、この条約は画期的な第一歩である。
しかし一方で、たとえ法律で使用を禁じても、それを守らせることが難しい現実がある。広大な密林に散らばっている120万人もの人々に法をいきわたらせるのは至難のわざなのだ。
金はインフレにもデフレにも強い。社会が混乱すればいっそう値が上がる。国際通貨制度の根幹を支える唯一無二の金属でもある。金の価値が下がることはない。
この黄金の魅力がある以上、それにひかれて水銀を使う採掘者が減ることはないだろう。加えて実効性のある取り締まり策もない。
結局、水銀にとって代わる安上がりな採取方法が実用化されない限り、山師たちが水銀の使用を放棄することはあるまい。その新しい技術の開発こそが喫緊の課題である。
世界各地の採掘現場で、今も大量の水銀が垂れ流されている。長年、水銀公害に苦しみ、そのつきあい方を学んできた日本が果たすべき役割は大きい。 (了)
(2013.12.10 掲載)